ゴールデンウィーク後の事です
ず~っと前から 蛇塚古墳(国指定史跡) を見たくていたのですが
機会が無くて
丁度京都に用事があったので4月頭に見学申し込みをしました
当日は 結構な 雨
傘さして(*^▽^*)
携帯の地図見ながら(紙の地図でも然り)細い道をアッチに曲がりコッチに曲がり
JR太秦駅から1Km弱ではあるんですが
(-ω-;)ウーン

ビチャビチャ降ってるし あー嫌だ
去年も飛鳥駅から高松塚古墳まで傘さして歩いたな・・・1本道だから良かったが
住宅の入り組んだほっそい折れ折れの道だわ
タクシー で行こう
九十九折りの様な住宅街の中を通って
念願の蛇塚古墳につきました
歩かないで良かったわ、人っ子一人いなくて聞く事も出来ん
K虎で来たんじゃありませんよ💦

凄いなぁ~
巨石ゴロゴロ 開口部を背に左側面の外観

蛇塚古墳の開口部です
東側にあるという蛇塚古墳保存会の〇〇さんのお住まいをタクシーの運転手さんと捜して鍵を開けていただきました
保存会の方は中に入りません、自由に見てくださいと

蛇塚古墳は巨石でできてるのではなく
この巨石は石室で、古墳時代後期7世紀ごろ築造された前方後円墳だそうです
京都府で最大規模の横穴式石室を有する前方後円墳であったが、早くに封土が失われ前方後円墳の形をした周囲の畑の部分だけがやや高かったそうです。S40頃から宅地化により墳丘封土は失われ現在は露出した石室のみが残っています。発掘調査は実施されていません
古墳は嵯峨野一帯を開発した渡来系氏族・秦氏の首長墓と推定されているそうです
何とΣ(´∀`;)
太秦から歩くつもりでGoogleマップで道を調べた時に気が付いたんですが
石室の周りの新興住宅街の輪郭が 前方後円墳の形じゃありませんか(@ ̄□ ̄@;)!!

では早速開口部から羨道 玄室 奥壁と見て見ましょう
羨道から奥壁を見る

玄室です 天井は空いてます

奥壁
石室の石は堆積岩・チャートだそうです

玄室から開口部の方を見て

羨道から開口部を見て


語彙が貧弱で凄いしか言葉がない
どうやって巨石を組んだんだろう
羨道の上 コレは恐怖以外の何物でもない

支え切れるのか?(((φ(◎ロ◎;)φ)))


暫く石室内で巨石の壁を触ったりしながら見ていたのですが
無事出て来ました (*^▽^*)

内部の写真ばかりで全体像が分かり難いんですが
京都市情報館の資料による石室情報は

蛇塚古墳は遺体を安置する玄室の床面積で全国4位
そして 縦4m、横5m、高さ2.5mもある巨石など30数個の石を積み重ね構築されています
石室全長 17.8m
玄室長 6.8m
玄室幅 3.9m
玄室床面積25.8㎡
前方後円墳 墳丘長75m(非現存)
石が不安定になっていないか良く調査に来ているそうです
地震などが来て石室内に閉じ込められるというより天井石が落ちてペッちゃんこになるのが落ちでしょうけど
巨石が周囲の民家へ転げたら大変な事になりますからね
開口部から反時計回りに回ってみました


説明板や資料にも宅地の区画が前方後円墳の形だと記載がありました
石室の外側もとても綺麗に整備されていました
石室奥壁の外側から

恐ろしいほどの巨石が積んであります
なんとも不安定に見える開口部上の巨石ですね

一回りしました
自分の目で見て 足で入って
石室があまりに広くて驚きました
似ていると言われる石舞台古墳とはまた違った雰囲気があり
雨が降ろうが槍が降ろうが来て良かったと思える史蹟でした
ネットで見てるだけでなく実際に足を踏み入れることは大切ですね
石室を見れて入れて触れて何も言う事なし []~( ̄▽ ̄)~*
※ 蛇塚古墳の名称はかつて石室内に蛇が多く生息していたことに由来すると言われてるそうです
広隆寺には2体の弥勒菩薩半跏思惟像が安置されているので久々に行って見ました
雨のせいか
人の姿もなく
ユックリと広隆寺の霊宝殿で時間を過ごしました
写真撮影は✖なのでした
家で猫達は何をしているのだろう
京都駅でこんな猫に会いましたよ~(=^・^=)

客室内も装飾されているそうです
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最期までお読みいただきましてありがとうございました
ではまた@
fin